刑法総論|正当防衛・過剰防衛を事例でわかりやすく整理する
今回は、 刑法総論 の事例問題を素材として、 正当防衛、 緊急避難、 過剰防衛 という主要論点を整理していく。
本件では、甲が同僚Aからナイフの柄で頭部を殴打され、さらに攻撃を受けそうになった場面で反撃した 第一暴行 と、その後、逃げようとしたAを追いかけて加えた 第二暴行 とを区別して検討する必要がある。
特に重要なのは、 第一暴行が正当防衛として違法性を阻却するか 、また 第二暴行が過剰防衛または単純な傷害として評価されるか という点である。
事例の概要
まず事案を整理する。
甲は、同じ会社の社員寮に住む同僚Aと寮の食堂で口論となった。短気なAは突然、刃渡り10センチメートルの小型ナイフを取り出し、その 柄の部分 で甲の頭を殴りつけ、さらに攻撃を加えようとした。
これに対し甲は、手拳で数回Aの顔面を殴打し、さらに足で腹部を蹴ってAを後ろ向きに転倒させた。これが第一暴行である。
その後、Aは自室に逃げ帰ろうとしたが、甲は怒りと興奮が収まらず、Aを追いかけ、Aの部屋の前でつかまえて、その顔面を二度、三度足で蹴り、さらにもう一回、背中から転倒させた。これが第二暴行である。
Aは後頭部に 全治一か月の重い傷害 を負ったが、その傷が第一暴行によるものか、第二暴行によるものかは明らかでない。
本件の主要論点
本件でまず整理すべき主要論点は次の二点である。
① 甲の第一暴行は
正当防衛
に当たるか。
② 甲の第二暴行は
過剰防衛
に当たるか、それとも単純な傷害行為か。
なお、問題文では緊急避難も挙げられているが、本件は人の不正な侵害に対する反撃の事案であるから、中心的に問題となるのは 刑法36条の正当防衛・過剰防衛 であり、緊急避難は基本的には本筋ではない。
第一暴行は正当防衛に当たるか
まず第一暴行について検討する。
正当防衛が成立するためには、 急迫不正の侵害 が存在し、それに対して自己または他人の権利を防衛するため、 やむを得ずにした行為 であることが必要である。
本件では、Aは突然小型ナイフを取り出し、その柄で甲の頭部を殴打し、さらに攻撃を加えようとしている。これは甲の身体に対する 現実的かつ差し迫った違法な侵害 であり、急迫不正の侵害に当たることは明らかである。
また、甲はこれに対し、手拳で顔面を殴り、腹部を蹴ってAを転倒させているが、相手はナイフを所持しており、すでに一度頭部を殴打している以上、甲としてはさらなる攻撃を防ぐために反撃する必要があったといえる。
したがって、第一暴行は、防衛の意思に基づき、急迫不正の侵害を排除するためにされた行為であり、 おおむね相当性の範囲内 にあると評価できる。
よって、第一暴行については 正当防衛が成立し、違法性が阻却される と解するのが相当である。
第一暴行に緊急避難は問題となるか
ここで一応、緊急避難の可能性について触れておく。
緊急避難は、現在の危難を避けるために、やむを得ずにした行為であって、その害が避けようとした害の程度を超えない場合に成立する。しかし、緊急避難は通常、 自然災害や動物の侵襲など、人の不正な侵害以外の危難 を念頭に置く制度である。
本件では、Aという人間による違法な攻撃に対する反撃が問題となっている以上、処理の中心はあくまで正当防衛である。したがって、緊急避難による処理は本件では通常必要ない。
第二暴行は正当防衛の範囲内か
次に第二暴行を検討する。
第二暴行の時点では、Aは第一暴行によって転倒した後、 自室に逃げ帰ろうとしていた 。ここで重要なのは、この時点でなお甲に対する 急迫不正の侵害が継続していたか である。
しかし、Aは逃走しており、少なくとも第一暴行時のような差し迫った侵害状況はすでに終了しているとみるのが自然である。甲はそれにもかかわらず、怒りと興奮が収まらずにAを追いかけているのであって、第二暴行はもはや防衛のためというより、 報復または制裁 の性格を帯びている。
したがって、第二暴行については、急迫不正の侵害に対する防衛行為とはいえず、正当防衛は成立しない。
第二暴行は過剰防衛か、それとも単純な傷害か
では、第二暴行を過剰防衛として処理できるかが次に問題となる。
過剰防衛とは、急迫不正の侵害に対する防衛行為である点は認められるが、 その程度が必要性・相当性を超えた場合 に成立する。
しかし本件第二暴行では、そもそもAは逃走しており、侵害そのものが終了していると考えられる。そのため、防衛状況を前提とする過剰防衛ではなく、 単なる傷害行為 と評価するのが基本である。
もっとも、第一暴行から第二暴行までが時間的・場所的にごく接着しており、甲がなお強い恐怖や興奮の中で行動していたことを重視するなら、広い意味で防衛状況の延長として捉える余地を論じることもできる。しかし、Aが逃走している以上、そのような評価はかなり難しい。
よって、第二暴行については 過剰防衛ではなく傷害罪が成立する とみるのが妥当である。
傷害結果が第一暴行か第二暴行か不明な点をどう考えるか
本件では、Aの後頭部の全治一か月の重傷が、 第一暴行によるものか第二暴行によるものか不明 である。この点は甲の刑事責任を考えるうえで極めて重要である。
第一暴行は正当防衛として違法性が阻却される以上、その結果として生じた傷害については甲は責任を負わない。他方、第二暴行が違法な傷害行為であるなら、その結果として重傷が生じたのであれば甲は重い責任を負うことになる。
しかし、どちらの暴行が重傷結果を生じさせたのかが証明できない以上、 違法な第二暴行と重傷結果との因果関係を断定することはできない 。
刑事責任は厳格な証明に基づかなければならないため、この点が不明である以上、甲に対して 重い傷害結果の責任まで認めることはできない と考えるべきである。
では甲にはどの範囲で責任が成立するのか
以上を総合すると、甲の第一暴行は正当防衛として違法性が阻却される。
一方、第二暴行は、侵害終了後に報復的に行われたものであり、正当防衛も過剰防衛も成立しない。そのため、少なくとも 暴行罪または傷害罪の成立が問題となる 。
ただし、本件ではAに生じた重傷が第一暴行によるものか第二暴行によるものか不明であるため、第二暴行によって具体的な傷害結果が生じたことまで証明できない場合には、 第二暴行について暴行罪にとどまる可能性 がある。
他方、第二暴行それ自体が顔面への足蹴りや転倒させる行為であり、通常人の生理機能に障害を与えうる行為であることから、少なくとも軽微な傷害結果の発生が認められるなら、 第二暴行について傷害罪 を認める余地もある。
答案としてのまとめ方
本件答案では、まず第一暴行と第二暴行を厳密に区別しなければならない。
第一暴行については、Aによるナイフを用いた攻撃が急迫不正の侵害に当たり、甲の反撃はこれを防ぐための必要かつ相当な範囲にあるとして、 正当防衛の成立 を論じる。
これに対し第二暴行については、Aが逃走しており侵害が終了しているため、防衛行為ではなく違法な反撃であると整理する。そして、重傷結果との因果関係が不明である以上、重い傷害結果の責任は認めにくいことを指摘したうえで、 第二暴行について独立に暴行罪または傷害罪が成立する とまとめるのが適切である。
結論
本件における甲の刑事責任は、次のように整理できる。
まず、 第一暴行 は、Aによるナイフを用いた急迫不正の侵害に対して、自己の身体を防衛するためにやむを得ずに行われたものであり、 正当防衛が成立する 。
他方、 第二暴行 は、Aが逃走して侵害が終了した後に、怒りと興奮のまま追跡して加えた行為であるから、正当防衛にも過剰防衛にも当たらず、 違法な暴行または傷害行為 である。
ただし、Aの全治一か月の重傷が第一暴行によるものか第二暴行によるものか不明であるため、その重い傷害結果についてまで甲に責任を負わせることはできない。したがって、甲は 第一暴行については不可罰 、第二暴行についてのみ 暴行罪または証明の程度に応じて傷害罪 の責任を負うと結論づけられる。

