自立尊重原則の生命医療倫理

自立尊重原則の生命医療倫理への応用の意義と問題点|先端医療とバイオエシックスを考えるblog

自立尊重原則の生命医療倫理への応用の意義と問題点|先端医療とバイオエシックスを考える

今回は、 自立尊重原則の生命医療倫理への応用の意義と問題点 について、先端医療科学技術の発展と生命倫理の成立背景をふまえながら整理する。

1960年代以降、生命に関する諸科学は、特に 分子生物学 を中心として革命的な展開を示してきた。医療科学は、技術と密接に結びつくことで、研究から応用までの時間的間隔を大幅に短縮し、生命の始まりや終わりに対する直接的介入を深め、拡大してきたのである。

人工授精、体外受精、代理母、胎児診断、遺伝子組換技術、冷凍受精卵の実験、遺伝病治療、男女産み分け、脳死、臓器移植など、先端医療科学技術が私たちの生活世界にもたらした問題はきわめて多い。こうした状況の中で、 生命医療倫理 、とりわけ 自立尊重原則 が重視されるようになったのである。

生命倫理が緊急の課題となった背景

生命倫理、すなわち Bioethics は、単に医療倫理に限定されるものではない。本来それは、生態系に含まれる生命相互の関係をも視野に入れた、より総合的な倫理として構想されるべきものである。

しかし、現実に生命倫理が強く要請されるようになった背景には、 先端医療科学技術の爆発的発展 によって引き起こされた具体的な問題群がある。医療技術が人間の生と死に深く介入するようになったとき、従来当然視されてきた価値観や倫理的判断が、そのままでは対応できなくなったのである。

ここにおいて、患者を単なる治療対象としてではなく、 自己決定を行う人格的主体 として捉える必要が強く意識されるようになった。これが自立尊重原則が重要視される根本的理由の一つである。

1960年代以前と以後の医療倫理の変化

たしかに1960年代以前には、医療と倫理のあいだに、今日ほど深刻な対立はなかったと考えられる。医療は一般に、人間にとって明らかに恩恵的な営みであり、医療行為そのものの是非が根底から問われる場面は少なかった。

しかしそれ以降、医療が 先端医療科学技術 という姿をとって登場するに至り、伝統的な価値観や倫理とのあいだに深刻な摩擦を生むことになった。医療は単なる治療手段ではなく、生命の開始や終末、出生や死のあり方そのものを変更しうる技術となったのである。

その結果、 「今日の医療は本当に人間にとって恩恵的なのか」 という、かつて自明であったはずの問いが、改めて提出されるようになった。この問いは、まさに医療の技術化と倫理の乖離から生まれた問いである。

生命医療倫理の展開と代表的議論

生命医療倫理の議論が本格的に展開し始めたことを示すものとして、1970年のP・ラムゼー 『人格としての患者』 、1971年のV・R・ポッター 『バイオエシックス―生存の科学』 が挙げられる。

これらの著作を嚆矢として、今日に至るまで生命医療倫理は活発な展開を見せている。その背景にあるのは、医療の技術化によって、 倫理の放棄あるいは倫理からの乖離 が現実の問題となったことである。

こうした文脈の中で自立尊重原則は、患者を医療技術の対象物としてではなく、選択し、同意し、拒否しうる存在として位置づけ直す原理として重要な意味を持つことになったのである。

自立尊重原則とは何か

自立尊重原則とは、 医療を受ける本人の意思、自律、自己決定を尊重するべきだとする原則 である。

これは、医師が一方的に最善を判断し、それを患者に押しつける 父権主義的医療 への反省の上に成立した考え方でもある。すなわち、患者は単なる受け身の存在ではなく、自らの身体と生をめぐって選択する権利を持つ人格的存在であるという理解である。

この原則は、インフォームド・コンセント、治療拒否、終末期医療の選択、生殖医療の意思決定など、多くの場面で中心的役割を果たしている。

自立尊重原則を生命医療倫理に応用する意義

自立尊重原則を生命医療倫理に応用する意義は、第一に、 患者の人格と尊厳を守ること にある。

先端医療技術が高度化するほど、医療は患者本人の意思を離れて進行する危険を持つ。たとえば、治療技術としては可能であっても、それを本人が望んでいるとは限らない。自立尊重原則は、医療が技術的可能性だけで進むのではなく、 本人の価値観や生き方の選択 に基づいて行われるべきことを要求する。

第二に、この原則は、医療の技術化によって失われがちな 倫理的視点を回復する 意義を持つ。医療行為が可能かどうかではなく、それが本人にとって意味ある選択かどうかを問う視点を導入するからである。

第三に、自立尊重原則は、患者と医療者の関係を再構成する。すなわち、医療者がすべてを決定するのではなく、患者とともに考え、説明し、同意を形成していく関係へと転換させるのである。

自立尊重原則が持つ問題点

もっとも、自立尊重原則には問題点も存在する。

第一に、 人間の意思決定が常に十分に自立的であるとは限らない という点である。重篤な病状、不安、痛み、認知機能の低下、家族関係や社会的圧力の影響のもとでなされる選択は、形式的には本人の意思であっても、実質的には十分に自由とはいえない場合がある。

第二に、自立尊重原則を強調しすぎると、 医療者の責任や配慮が後退する危険 がある。本来、医療には善行原則や無危害原則といった他の倫理原則も重要であり、単に「本人が決めたからそれでよい」としてしまえば、支援や説明が不十分なまま自己決定だけが形式的に求められることになりかねない。

第三に、自立尊重原則は個人を中心に据えるがゆえに、 家族や共同体との関係性 を十分に捉えきれない場合がある。特に終末期医療や生殖医療のように、本人の選択が周囲に大きな影響を与える場面では、単純な個人主義的自己決定だけでは解決できない問題が残る。

「病院とは何か、医療とは何か」という問い

本文で示される印象的な例として、多くの人が親しい者を病院で看取った際に、 「家で死なせてあげたかった」 と実感することが挙げられている。

また、末期医療に携わる医師がそのような言葉に接して、 「病院とは何なのか、医療とは何なのか、あれでよかったのか」 と自問せざるをえない状況に置かれていることも指摘されている。

この問いは、自立尊重原則の意義を示すと同時に、その限界も示している。すなわち、患者本人が本当にどこで、どのように最期を迎えたいのかを問うことは重要であるが、現実にはその意思を十分に確認できないことも多く、また病院という制度的環境そのものが、個人の意思を制約する場合もある。

したがって、自立尊重原則は必要不可欠でありながらも、 それだけで生命医療の全問題を解決することはできない のである。

自立尊重原則と他の倫理原則との調整

生命医療倫理においては、自立尊重原則だけを絶対化するのではなく、 善行無危害正義 といった他の倫理原則と調整しながら考える必要がある。

患者本人の意思を尊重することは重要であるが、それが十分な理解に基づいているのか、他者への配慮を欠いていないか、医療資源の公正な配分と矛盾しないか、といった点も同時に検討されなければならない。

このように考えると、自立尊重原則の価値は、単独で完結する原理というより、 生命医療倫理全体の中で中心的だが相対的な原則 として位置づけるのが適切である。

まとめ

1960年代以降の先端医療科学技術の急速な発展は、生命の始まりと終わりに直接介入する医療を可能にし、それまで自明であった医療の恩恵性そのものを問い直す状況を生み出した。

その中で、自立尊重原則は、 患者を自己決定する人格的主体として尊重する という重要な意義を持つ。これは、医療技術の暴走を抑え、患者の尊厳を守り、医療者と患者の関係をより対話的なものへと変える役割を果たしてきた。

しかしその一方で、自立尊重原則には、本人の意思決定が常に十分に自立的とは限らないこと、医療者の配慮責任が後退する危険があること、家族や共同体との関係性を十分に扱えないことなどの問題点も存在する。

したがって、自立尊重原則の生命医療倫理への応用はきわめて重要であるが、それを唯一絶対の原理としてではなく、 他の倫理原則とのバランスの中で位置づけること が求められるのである。




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